透子日記『型の外』

この場所で過ごす時間は、必ずしも予定通りには進みません
使おうと思っていたものを、結局使わなかったり。
始まる前に話していたこととは違う形になったり。
終わってから、
「この道具は使わなかったね」
「SMじゃなくなってしまったかもしれない」
そんなことを、笑いながら少し申し訳なさそうに言われることもあります。

先日、初めてお会いした紳士様が、入会用紙にサインをされながら
「自分では力不足かもしれない」とおっしゃいました。
私の日記を読んでくださって、そう思われたのだと言います。

その言葉を聞いて、少し驚きました。
確かに私は、ここでの時間を文章にしようとすると、つい考えすぎてしまうところがあります。
けれど、私が惹かれているものは、決して難しいものばかりではありません。
初めてこの場所に訪れる方が、少しだけ身構えてしまう気持ちも分かります。
でも、必ずしも道具を用いたり、SMという言葉から想像される行為にこだわったりする必要はないのだと思います。

ある日は、緻密に組み立てられた物語の役の中へゆっくり誘われる。
ある日は、喉の奥に触れられ、こみ上げる抗いようのない反応を引き出される。
またある日は、笑い声が悲鳴に変わるまで、指先を肌に這わされる。
どれかひとつが正解というわけではなく、
その時、その方との間に生まれるものがあるのだと感じています。

もちろん、縄や鞭のように、目に見える道具によって立ち上がる世界があります。
手順があり、技術があり、そこに身を預けるからこそ辿り着ける場所もある。
まだまだ知らない世界だからこそ、そういう時間に触れることも、とても好きです。

それでも、何か特別な行為に名前がついていなくても、道具が用意されていなくても。
空気だけで、身体が動かなくなることもあります。

目の前の方の呼吸が変わり、視線が鋭くなり、言葉が少なくなる。
それだけで、先ほどまでと同じ部屋にいるはずなのに、私はまったく違う場所に連れていかれてしまいます。
言葉や命令で追い立てられなくても、派手に演出されなくてもいい。
むしろ、少ない言葉の中で、相手の息遣いや押さえ込む手の重さだけが伝わってくる時間に、深く引き込まれることも少なくありません。

SMという言葉には、きっと色々な考え方があるのだと思います。
この世界に入って二ヶ月ばかりの私が知っているのは、まだほんの一部でしょう。

ですが、私にとって大切なのは、形式ではありません。
目には見えない上下が生まれること。
同じ距離にいるはずなのに、心の位置関係だけが変わること。
その瞬間、「それ」はもう、恋人同士のような甘く優しい触れ合いとは違うものになっている。

私個人としては、そこに確かにSMを感じます。

整えられた手順の中で、少しずつ自由を手放していく時間も好きです。
それと同じくらい、言葉や理屈が一切追いつかないまま、ただ強さに呑み込まれていく時間にも惹かれてしまいます。
どちらも、私にとっては遠いものではありません。

道具や知識よりも、その方の中にある「欲」に触れること。
日常や社会の中では表に出さない部分が、ふとこちらへ向けられること。
そうして、自分では保っていたはずの姿勢が、相手の手の中で崩れていくこと。

予定通りでなくてもいいし、決まった形でなくてもいい。

ただ、私はそういう時間を求めているのだと思います。

葉末 透子

コメント

コメント一覧 (2件)

  • 貴女の日記はたくさんの人に読まれているみたいですね。そういう僕も読者の一人です。笑

    考えすぎるきらいがあると書いてありましたが、素のままでこの世界で感じたことを綴ってもらえたらファンが増えるのでは。
    スケジュールをみたらどんどん埋まっているみたいで、人気が出過ぎるのもファンの一人としてはジレンマがあるけれど 笑
    しばらく更新されてなかったようなので、新しい日記、期待してます。

    • maki様

      葉末 透子でございます。
      コメントありがとうございます。

      最近は仕事の方が慌ただしく、なかなか落ち着いて文章を綴る時間が取れずにおりました。
      書きたいことは少しずつ溜まっておりますので、また近いうちに形にできたらと思います。

      考えすぎてしまうところは、なかなか抜けませんね。笑
      それでも、整えすぎるより、この場所で感じたことをなるべくそのまま掬い上げられたらいいなと思っております。

      こうして日記も見守っていただけていること、とても心強く感じております。
      また機会がございましたら、日記の中だけではない葉末透子を見ていただけますと幸いです。

      葉末 透子

コメントする