霧羽日記 快楽の自覚

初めまして、歌野 霧羽(うたの きりは)と申します。

この度、こちらでお世話になる事になりました。

私は学生時代から、痛みや羞恥により与えられる快感に、快楽の感覚があると自覚しておりました。

その感覚を心の中では否定しておりましたが、大人になればなるほど、心と身体が成熟すればするほど、
「痛みは私にとって罰ではない。それは心の深い場所に落ちる一滴の雫のようなものである」と思えるようになったのです。

人は優しさを温もりに例えるけれど、私は痛みの中に優しさを感じる。生きていることを教えてくれる、静かな証のように。

ご主人様に与えていただく痛みや恐怖は、時に逃げ出したくなるような、辛い時間であるかもしれません。
ただ、そこに愛を感じ、乗り越えた時にやってくる言葉では言い表せない時間は、お互いの愛がぶつかり合う瞬間でもあるのではないかと思います。

こんなにも乱れ、感情に呑まれたありのままの姿を見られた時、恥ずかしくていたたまれない気持ちになってしまう。
そんな私の姿を見て、笑顔で抱きしめていただいた瞬間に、私は崩れ落ちてしまうかもしれません。

こんな感情を抱いてしまう私は、少し不思議な人間かもしれない。きっとオカシイのだと思う。ただ、この場であれば、全て受け入れていただけるのではないかと思っております。

霧羽である時間はこの感性ごと受け入れていただき、自分らしく在りたいと思っております。

至らない点もあるかと思いますが、素敵な時間を一緒に過ごしていただけたら嬉しいです。
宜しくお願いいたします。

歌野 霧羽

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