初めてこの場所の扉を叩いてから、一ヶ月と少し。
まだ、慣れたと言うには早いのだと思います。
それでも、お会いした紳士様の数は、いつの間にか片手を超え、両手で数えられるほどになりました。
初めましての緊張。
二度目にお会いする時の、不思議な安心。
名前を呼ばれるたびに、少しずつ輪郭を持っていく感覚。
そのひとつひとつの積み重ねの中で、私はようやく「葉末透子」という名前を、自分のものとして受け取り始めている気がします。
葉末、という言葉には「葉の先」という意味があります。
木の葉の末端。
中心から最も遠く、最も細く、風に吹かれれば真っ先に震える場所。
強く太い幹ではなく、枝でもなく、外からの気配にいちばん早く触れてしまう場所。
私は、その言葉を、自分の社会の中での役割に少し重ねていました。
画面に並ぶ文字を追い、受話器越しの声を聞き、相手の感情が大きく揺れる前に、その温度を測る。
誰かの困りごとや苛立ちを最初に受け止めながら、それでも丁寧な言葉を返す。
もちろん、その仕事を悪く言いたいわけではありません。
むしろ、そこで身につけたものは、今の私の一部でもあります。
ただ、いつも誰かの声に応える場所にいるうちに、自分の輪郭が少しずつ薄くなっていくような感覚がありました。
葉の先が、風を受けて揺れるように。
私はずっと、外側から届くものに反応しながら、自分の形を保とうとしていたのかもしれません。
そして、透子。
この名前には、透明であることを込めました。
確かな色を持たないこと。
自分というものが、どこか空っぽで、掴みどころがないこと。
それは弱さでもありますが、同時に、誰かの色を映し、受け入れられる余白でもあるのだと思います。
この場所でお会いする紳士様方は、それぞれ違う色を持っています。
静かに見守ってくださる方。
言葉を尽くしてくださる方。
何も言わず、手つきだけで導いてくださる方。
優しさの中に厳しさを隠している方。
お会いするたび、私は少しずつ違う色に染まります。
自分では知らなかった反応が浮かび上がり、隠していたはずのものが、淡く透けて見えてしまう。
それは怖いことでもあります。
ですが、不思議と嫌ではありません。
透明なままでいることは、何も持たないことではなく、何かを受け取る余地を残していることなのかもしれません。
私は、この名前を自分で選びました。
ありふれた響きではなく、苗字まで含めて、意味のある名前にしたかったのです。
こう在りたい、こう見られたい、もしかすると本当はこうなりたいのかもしれない……
そんな予感のようなものが、葉末透子という四文字に触れた時、静かに重なりました。
それでも、最初から身体に馴染んでいたわけではありません。
本名ではない名前で呼ばれること。
自分で選んだはずの名前なのに、返事をするまで一瞬だけ遅れるような、不思議な感覚がありました。
この一ヶ月で、何度もその名前を呼んでいただきました。
初めての声で。
少し慣れた声で。
優しく、時には逃げ場のない響きで。
そのたびに、葉末透子という名前は、ただの文字ではなくなっていったのだと思います。
少しずつ、私の呼吸の中に混ざっていきました。
両手で数えられるほどの出逢い。
そのひとつひとつが、今の私の形を少しずつ作っています。
風に震える葉の先として。
色を持たない透明な器として。
これからどんな色を映していくのか、まだ自分でも分かりません。
それでも、私はこの名前で、ここに立っていたいと思っています。
葉末 透子
透子日記『葉末』

コメント
コメント一覧 (2件)
予約したmakiです。
貴女の視点、表現に興味があります。
一つ聞いてみたかった要素「ここでの名前の由来」についてはこのブログに記載されていたので、クリアになりました 笑
そのほかの「聞いてみたい要素」については対面で聞くことにしますね。
楽しみにしています。
maki様
初めまして。葉末 透子でございます。
ご予約、そしてコメントありがとうございます。
ブログを読んでくださり、また私の視点や表現に興味を持っていただけたこと、とても嬉しく思っております。
自分で選んだ名前だからこそ、こうして受け取っていただけることに、少し不思議な喜びがあります。
ぜひ続きをお会いした時にお話しさせてくださいませ。
私もmaki様のお話やお考えに、少しずつ触れられたらと思っております。
当日お会いできることを、心より楽しみにしております。
葉末 透子