透子日記 『瞼の裏』

少しばかり、軽い風邪を引いていました。

大きく崩したわけではないのですが、喉の奥に残る違和感や、ぼんやりと重たい身体に、
日常の手順が少しずつ遅れていくような数日を、久しぶりに過ごしました。

こういう時、普段は当たり前のようにしていることが、案外たくさんあるのだと気付きます。
湯を沸かすこと。髪を乾かすこと。画面の文字を追うこと。
どれも難しいことではないはずなのに、身体が追いつかない日には、ひとつひとつが少し遠く見える。

昨日は予定を入れず、身体を休める日にしました。
久しぶりにしっかり眠って目が覚めた時、身体が軽くなっていて、ようやく自分の生活に戻ってきたような気がしました。

今は夜の静けさの中で、こうして文字を打っています。

少し間が空いたせいでしょうか。
先日お会いした紳士様のことを思い返すと、記憶の中の輪郭が、いつもよりはっきりしています。

その日、私は目隠しをされたまま、何も見えない状態で手を引かれました。
自分がどこにいるのかも分からないまま、ただ導かれる感覚。

普段、私たちはどれほど多くのことを「見えること」に頼っているのでしょうか。
相手の顔色、部屋の明るさ、次に起こることの予測。
それらを奪われると、言葉より先に、呼吸だけが頼りになります。

あまりの緊張に、頭の中は真っ白でした。
けれど、その白さの中に、怖さだけではないものがありました。

何も分からないまま差し出すこと。
分からないからこそ、相手の手の確かさを信じるしかないこと。
その不自由さの中で、私はまた少し、自分で守っていた線を緩めていたのだと思います。

そして、目隠しを外した後。
初めてお顔を見て交わした、「こんにちは」という言葉。

ただの挨拶のはずの言葉に、その瞬間ほど安堵したことはなかったかもしれません。
ようやく現実に戻ってきたような、けれどもう先ほどまでの私とは同じではないような……不思議な感覚でした。

体調を崩して、少し日常の速度が落ちていたからこそ、今はその出来事をゆっくり思い出せるのかもしれません。

今ではすっかりいつもの手順を取り戻しています。
けれど、目を閉じた時にしか見えないものがあることを、私はもう知っています。

葉末 透子

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