透子日記 『産声の余韻』

初出勤を終え、夜の静寂の中で、今日の出来事を反芻しています。

「葉末透子」として、初めて誰かの規律に身を委ねた時間。
それは、私が想像していたよりもずっと、恐ろしくて、そして眩しいものでした。

私はこれまで、誰かの期待に応え、社会における正解を丁寧になぞろうとしてきました。
感情を殺し、システムの一部としての私を演じる日々。

けれど、今日。
私の肉体が物理的な限界を超えた、あの瞬間。
喉の奥を突かれ、抗いようのない生理的拒絶が溢れ出し、
積み上げてきた「虚像」が、いとも容易く、無様に崩落していく。

自分でも目を背けたくなるような、剥き出しの姿。
けれど、そんな私を目の前の紳士様は決して拒まず、まるごと肯定してくださいました。

社会人としての「正しさ」を演じる中で、私たちはどれほど自分を律し、自分を殺して生きているのでしょう。

誰かの前で「正しく壊れること」を許される。
それが、これほどまでに深い救いになるとは思ってもみませんでした。

すべてが終わった後に頂いた、静かな添い寝のひととき。
その温もりの中で、私はようやく、自分自身の産声を聞いたのかもしれません。

まだ夢見心地のまま、明日からはまた記号としての日常に戻ります。
私の次の扉を、叩いてくださる方を待ちながら。

葉末 透子

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